ヤタガラスの「教えてワイン!」2~ワインとの出会い

かれこれ30年ほど前のこと、一時期ワインにハマった時期がありました。酒と言えばビールしか飲まなかった私があることをきっかけにワインを飲むようになり、凝り性が高じて1年の間に200種類以上のワインを飲むほどどっぷりとつかったこともありました。

1本何十万円もする高級ワインを飲めるはずもない私は、もっぱら1000円台~3000円台くらいの安価なものばかり、とにかく味の違いを知りたいと違う種類のワインを飲みまくりました。ただ、味はわからなくともワイン造りの歴史や文化は学べるのでそれでも十分楽しいことだったのです。

シンガポールに駐在していた時、日本からマレーシアのココア農園&シンガポールのココア製造工場の視察団、総勢20数名が来星しました。メンバーはみなさんよくご存じの日本の名だたるチョコレートメーカーの責任ある立場の方ばかりでした。

この錚々たるメンバーの目的は、チョコレートの原料であるココアバターやココアパウダーの調達ルートを世界から確保することで、シンガポールにある工場からの輸入ルートを構築することにありました。バス1台を借り切ってマレーシアのココア農園を一週間かけて巡りココアポッドの収穫からココア(カカオ)豆の加工までをつぶさに見学してもらいました。

その後シンガポールにある加工工場でどのように製造され、製品がどのようにして日本に輸出されているかを案内するのが私の役目でした。普段、我々日本人が食するチョコレートの原料を私自身が輸出を担当し日本のチョコメーカーが原料として使った製品が市場にでていることはある意味楽しいことでした。

前段が長くなりましたが、この視察団の一員の中に一人ワインを趣味とする人がいることを聞いていました。メンバーの中で中心的な存在であったこの人に滞在中気持ちよく仕事をしてもらうために、夕食にはシーフードとワインを楽しめるレストランに招待しました。この人物の心を掴むことが仕事を成功させる早道だと思ったからです。

ところが当時の私は、酒といえばビール一辺倒でワインを美味しいと思うことは一度もありませんでした。詳しい人の中には、やれ「牡蠣にはシャブリだ!」なと蘊蓄を垂れる人もおられたようですが、そういう人には、個人的にある種の嫌悪感さえ抱いていました。

他の大勢のメンバーが皆ビールを注文する中で、その人が「牡蠣にはシャブリ!」ときたものだから、ああ、この人も例の蘊蓄語りのいけ好かない人物かと思いました。ある食品関係メーカーの技術者でしたが、理論的な話を聞いていくうちに、食べ物、飲み物についてはプロで舌も肥えており、その発言には重いものがあることがわかってきました。

同時に、飲みながら楽しそうに話す語り口は、知識をひけらかすというのではなく、知っていることを淡々と伝えるという感じで好印象を持ち始め、ついつい引き込まれていきました。話の内容もさることながら、自分より若い人にも失礼のないように丁寧に語ろうとする人柄に惹かれたのかも知れません。

いろいろな話を聞いていくうちに、敢えて意地悪な質問もいくつかぶつけてみました。その時も嫌がらず、いかにも技術者らしくひとつひとつ丁寧に解説してくれました。そうなると、好感度のほうが嫌悪感を一気に上回り、その人の話をすっかり信用することになっていました。

仕事の話になると当然「コスト」が重要な要素になり、丁々発止で直接商売の駆け引きをするのが常ですが、この時は、技術的な話が主だったことも幸いしたのでしょう。ワインと初めて出会ったのがこんな経験だったことが、数年後に自分でもっと勉強してみようという気になった理由だと思います。

種々聞いた話の中で、一つ気に入った言葉がありました。それは、「長い歴史の中で培われえてきたワインだから先人の言うことには勿論一理はあるけれど、何も教科書通りに飲む必要はない。”牡蠣にはシャブリ”と言われるのもそれなりの理由があってのことだが、”一人だけが美味しいと感じるワインもあるのです。”」という言葉でした。

この人との夕食には毎日ワインを飲みました。新しいボトルを開けるたびに私もご相伴に預かりましたが、さほどの感激はなくそんなものかと思ったくらいでした。産地やぶどう品種によって違いがあることくらいは想像がつきましたが、たからといってまだ美味しいと感じることは正直ありませんでした。

その後数年間はやはり、炎天下で飲むビールが最高と思っていました。ただ、仕事の話はそっちのけで、この人にいろいろな質問をぶつけていくうちにワインに対する興味が少しだけ湧いてきていたのは事実でした。私のワインに対する関心はこの時”醸成”し始めていたのです。

ヤタガラス

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