荒れ地のアーモンド~詩集「流体」より

荒地のアーモンド

明け方
荒れ地を伝って来た風が
木枠の窓を揺すった
光の筋が裂かれ
壁の上で目まぐるしく踊る
この風がアーモンドを落とすだろう
だが
その音は聞こえず
男の歌声をかすかに聞いた
呟くように息を継ぎ
タント ラ ヴィタ
若くない声だった
窓際のベッドに目覚め
見たいのは
アーモンドの花ざかりの木だと思った

人が幹を打ち
アーモンドの実が降って来る
池の水面をせき立てて
香草が縁取る岸辺に降りしきる
草の葉のビロードを叩き
白く痛く
足の速い雨
上方へ
葉の繁みの中へ音がかき消える
はげしい音に脅えた後
薄緑の林檎の実は
葉の下で暗い影になっている
石灰質の土地
アーモンドの幹を叩く人は
歌ったりはしない

荻悦子(おぎ・えつこ)
1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。

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