詩~「蜂」

 
書物を広げ
語りかける老人の背後に
丘に向かう石段がある
不揃いな自然の石を集めて
傾斜はゆるい

青い花を咲かせた釣鐘草が
細長い茎を捩じるように揺れ
大きな蜂が二匹
波のように交互にやって来ると
淡い青灰色をして動く

老人は前方をじっと見据える
かつて憂鬱を押し込めて秀でていた額が
歪んだ顎と均衡をなくし
肩は丸く下がってしまう
声はそよ風に気後れしている

蜂は
前から横から襲ってきて
唸りぶつかり
去っていく
老人は
首を傾け
編み目の粗いセーターの袖をまくり
決して決してと呟いて
髪を撫でつける

荻悦子(おぎ・えつこ)
1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。

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