アルゼンチンを感じる映画たちへのツブヤキ その2。

今まで観た映画を振り返りますと映画産業が巨大なアメリカの映画以外ですと、何故かアルゼンチンの映画もしくはアルゼンチンに関する映画が以外に多いかも~と気付きました。

何故?かしらと考えてみました。
何となくですが、アルゼンチンの映画に描かれています「狂気」?もしくは「狂喜」?のような「何か」にひかれるのかもしれません。

その『狂気(狂喜)』には、大きな「狂気」、小さな「狂気」、優しい「狂気」、美しい「狂気」などなどが滲んで出ているように感じます。

優しいや美しいと言うような、あまり「狂気」とは縁遠い言葉を「狂気」と組合せて感じさせる「何か」を映画の中に視て取るからなのかもしれません。
この感じは、もしかする南アメリカ(南米)のアルゼンチン以外の国々の映画にも存在する「何か」なのかもしれないと思います。

南米の国だけではなく、どの国にも「狂気」を感じさせる「何か」かは必ずありますし、どの様な「狂気」なのかも様々と思います。その感じとり方も人それぞれかもしれません。

日本の「狂気(狂喜)」をどの様なコトやモノに感じます?でしょうか。

幾つかありますが、私は大和絵や浮世絵や地獄絵や春画やデロリなどなどの絵画表現や工藝表現、芸能の内に日本の「狂気(狂喜)」の「何か」の幾つか感じることがあります。

それは岩佐又兵衛、河鍋暁斎、月岡芳年、甲斐庄楠音、若冲、曾我蕭白、上村松園、鰭崎英朋、柴田是真、宮川香山、国芳や北斎、鶴屋南北、近松門左衛門などなどの作品や作風からも感じます。
狩野派や等伯や作者不詳の絵、平家納経の造作や平泉金色堂の螺鈿の柱、研ぎ出し蒔絵や横浜焼などなどの工藝、盆栽や庭園、文楽に歌舞伎、そして落語や講談などの話芸など『藝』のなかにも「狂気(狂喜)」は在るように感じています。

これらの「狂気(狂喜)」は何に畏怖し驚嘆したものなのでしょうか?そこには複雑な心理がこめられていますね。

△△その3へ、つづく~。

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